ピアノで語る音楽家たち
2002年12月1日(日)午後6:00開演
紀尾井ホール
千代田区紀尾井町6-5
SAUTER OMEGA-220
C.BECHSTEIN D-280
STEINWAY&SONS D-274

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1709年の、イタリア人バルトロメオ・クリストフォリによるピアノの発明は、後の音楽表現に多大な影響を与える出来事でした。"ピアノとフォルテが出せるチェンバロ"と名付けられ、豊かなダイナミクスを有する新しい楽器の出現に、音楽家たちは最初戸惑いつつも次々とあらたな表現を見出し、優れたピアノ曲が多数生まれてきています。クリストフォリの発明を知ったドイツ人ゴットフリード・ジルバーマンは、クリストフォリの打弦機構に関するシピオーネ・マッフェイの論文を頼りに自らもピアノ作りを試み1730年代半ばにはドイツで最初のピアノを製作しました。ジルバーマンのピアノは、プロイセン王国フリードリッヒU世の許に納められ、サンスーシーの離宮でJ・S・バッハが即興演奏を披露しています。バッハは幾つかの欠点を指摘しながらもその響きを高く評価し、後に「音楽の捧げもの」として献呈しました。
やがて、プロイセンとオーストリアのあいだに7年戦争が勃発すると、ヨハネス・ツンペをリーダーとするジルバーマンの弟子たちはロンドンへ逃れ、ハープシコード製作者バーカット・シュディと交わります。シュディの工房へはジョン・ブロードウッド、アメリクス・バッカース、ロバート・ストダートが参加し「イギリス式メカニック」を完成させました。力強く豊かに響くこのメカニックは突き上げ式とも呼ばれ、ベートーヴェンはこのメカニックを手にする事で、「ワルトシュタイン」を作曲しています。
一方、ゴットフリードの甥ハインリッヒ・ジルバーマンは、シュトラスブルクでピアノ製作を開始しました。ハインリッヒのもとではアンドレアス・シュタインがピアノ製作技術を習得し、独自の様々なアイデアを加えながら、レオポルド・モーツァルトの出生地でもあるアウグスブルクに工房を構えます。アンドレアスの没後、娘ナネッテと夫シュトライヒャーはウィーンに居を移し家業を継ぎ、シュタインとシュトライヒャーにわよって新たなメカニックが考案されました。跳ね上げ式と呼ばれ、軽やかに歌う「ウィーン式メカニック」の誕生です。ところが音楽の表現形態がより大きなピアノを求めると、これに適合しやすいイギリス式がより普及し、ウィーン式は1909年に製作したのを最後に幕を閉じました。
今回の研究会では辛島輝治先生をお迎えし「イギリス式メカニック」を源に派生してきたSTEIUNWAY&SONSとC.BECHISTEINを使用して、シューベルトの「4つの即興曲
D.899(op.90)」とベートーウ゜ェンの「ワルトシュタイン」を、「ウィーン式メカニック」を源に派生してきたSAUTERを使用して、モーツァルトの「ソナタ
へ長調 K.533/494」をそれぞれ演奏頂き、その響きと個性を検証いたします。
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